コロナウイルス。2年目の本年。政治的な問題が、感情マーケティングの新興国だけでなく日本や先進国の背景にある世界的な政治の影響が病の原因とわかるnewsがどんどん出てきて愕然とした
そのnewsは、くしくも国際幸福デーを発する国連やWTOが機能前提にある組織不全を露呈し、WHOが薬中心PR主義を如実に著しているのだが、2030年を踏まえて世界経済をベースとする地球規模の問題を指摘する成人がほとんどいない様子からおかね中心ロボットいきもの人が代理であるはずの彼らが結果的に独占的でありながら民主風を装っている。
過半数の無投票は自動的に半分以下にも関わらず勝者の数のように振る舞える操作世論政治マーケティングは有効で、意見を言葉で表すことが非日常のおかね子ロボット人、そして弱い状態になってから水面に顔を出す人や弱い人を助ける程度の行政としている政治環境病と、それを巣食う利己者が増殖してきた。
溺れ無いように必要な藁でさえ、鉄に変えることで掴んだ人は沈むことで息ができなくなってから救う医療の税金先取り金銭優遇領域制度とそれを仕切って上前を跳ねることをミッションとする政治経済を成長の一手とする従事者にとっては、労働者の成長は後になってほしい訳である。
その意味では歴史上何度も名を変えて対策されてきた「環境と人権の腐敗の防止のアプローチ」では埒が明かない。お金で動く人の限界の表れなのでは無いだろうか。スペインのカタルーニャに代表できな小さな集合の人と人が自らの生活を自治を含有する精神は必要であろうが、個人個人の革命を起こす歴史に乏しい日本では隠蔽と排除の現実と背景を指摘する前段階にある。まるで旧石器時代である。
一人一人の成長の芽をうみだす精神が育てることがなければ、近年でいう産業不振背景でシンギュラリティやAIを革命になぞらえたビジネス方針が多数風または野球風国家的ヴィジョンで流用されるデジタル言葉戦略DXによる蔑ろになる人の存在や、半分も使っていない4g環境にも関わらず5、6へと先行することで三番千手の半導体需要を増やす安全保障政策などである。
日本国をわかりやすくランチメニューに例えたらコピーすら意義のないことや不充足のサービスとなるロボットコンビニ大環境であり、そのような環境への投資によって起こるデジタルビジーは社会と市場と経済の別軸別輪の泡が膨れては消える現実とバーチャルとそれを入れる器のクラウド事業の境が不明瞭となり一瞬で消えるおかねが出てくるであろう。北朝鮮の仮想通貨のさぎ領域においては経済不振となったロシアが参入する可能性が高まったが、洪水となって沈んでいることに気づかないフロー事業となった企業や組織は溺れるのだろうあでしたら、せめて政府は国家的な金融仮想通貨詐欺を招かない方策や起きてしまった場合に裁く体制を至急運用してほしい
そして、ていのよい表現では個別に縮小を迎える一方でバブルで大きな組織が失われてゆくが、1999年から失った白物家電、携帯、エンタメの二の舞は阻止してほしい。
さて、察知するのは現実には政治力を持ち比較強者にある教育や医療の一方に存在する組織や心の脆弱者である。特に組織や心の脆弱者は過敏に問題を察知するため、3足跳びして事件や事故の行動に転嫁することが多いが、その直接的事件故と被害者保護はもとより、背景の影響力の問題が省かれる社会的問題や組織の背景が課題対象にあることを捉えることは重要であると考えます。
しかと捉えるために必要な力は、心身と細胞、社会と組織、そして脳と精神における退化に直面するであろうリアルの人の行動の背景そしてその影響について対峙することで養えます。そのためにはデジタルと後付け政治的思考の対象とその背景にある不都合な真実に向き合うことです。
このような向き合いは、戦争とは真逆の臨む姿勢ですから平和へのactionの過程にあります。特に経済そして政治における名高教育のもと実際の教育と反対にみなかったことを多くしてきている背景のうやむやの日本では 歴史上 初めて確認することになるでしょう。
開き目を逸らさずにいる方法を会得する方法は簡単ではないかもしれません。目を逸らさない形はできなくとも、心と言葉で向き合うことは、真の扉を見つけるでしょう
その扉が開かられるためには、忘れられ続けている違いを大切にすること、その違いは safetyな出会いとprogress で保護されている実感を得ることを知ることです。その実感はevolutionally 進化をgenomではない細胞レベルで捉えることをactionへと進めることでしょう。
進化する人は たとえ沈む過程を経たり不幸や底を経験したとしても、決して平和を諦めません。なぜならキャズム(下落底)からは上以外にに見えないからかもしれません。その道程は経験したことのない平和のプロセスであり新たな芽を見出す成長と幸せの旅であるからです
腐敗の多い世界ではありますが、今月3月20日、国際幸福デーが9回目を迎えます。制定された国連のメッセージをあらためて振り返りたいと思います。
志 摩 昌 彦
幸福と福祉という一対の理念は、持続可能な開発と私たちが望む未来に関する国際的な議論でも、ますます大きく取り上げられるようになってきました。
生活の質という考え方を一歩進め、こうした理念を進める実際的な方法を法律や政策づくりに取り入れている国々も多くあります。この優れた実践が他の国々にも広がれば、単なる国民所得にとどまらず、より幅広い福祉を測定、把握することが世の中で広く行われる慣行となることでしょう。
人によって幸福が持つ意味は違うかもしれません。それでも、私たちの多くの同胞たちをこれほど苦しめている紛争や貧困という不幸な状況を終わらせることが、幸福につながるという点については、誰にも異論はないでしょう。
幸福とは、浮かれたふるまいをすることでも、贅沢をすることでもありません。それは、すべての人々が共有する切実な願いです。幸福は、誰にも拒まれず、誰にでも手が届くものであるべきです。この願いは、平和、正義、人権、社会の進歩、そして生活水準を上げていくという国連憲章の誓いにも読み取ることができます。
今こそ、この約束を国内的、国際的な行動へと具体化し、貧困の根絶、社会参加と文化間の調和促進、人間らしい生活の確保、環境の保護、よいガバナンスに向けた制度の構築を図っていかねばなりません。それこそまさに、人間の幸福と福祉の礎となるものだからです。
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国際幸福デー(3月20日)ウェブサイトより
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