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分断の組織で奮闘する「ERICO(エリコ)」


以前は紙新聞、今は日経含む16誌を自動キーワードピックアップがメールに流れ読みしていますが日経に興味深い記事がフューチャーされていました。作品はTBSのプロデューサ和田のりこさんの仕事ぶりとともに「短編アニメERICO(エリコ)」と記載。
以外(と言ったら失礼です、結構な)おもろしみ、いや楽しさでした。情報に飲み込まれそうなリアル現実、知らぬ間に疲れている脳、漫画の中のエリコはどうやって解決するのか。
笑って

作品は、主人公は映画バイヤーERICO。社会派映画の社内プレゼン後に上司から「会社は儲けて何ぼ」の言葉を浴びさせられ、エリコの奮闘が始まります。

当時エリコの立場に近しくやがてマネージャになったわたしは、エリコの上司のような態度で部下に接していたことを反芻しました、苦笑。

ある大学院の教授から元新規事業の創出の妙について質問されました。その後の関係をよりよくさせようと、機密情報に触れないよう、上司とエリコのそれぞれの思いが歪められる周囲という社会とその打開策について話しましたが、教授は実業に興味がないらしくその後、話しの継続はありませんでした。根掘り葉掘り聞いておいて、なんなんだ、笑

といっても、実際研究に入らなくてよかったと思っている自分もいてそれはビジョンではないミッションや何かの啓示なのかとふん切りました。

裏腹なコミュニケーションは、あらゆるコミュニティに存在しようとするなら必須で見極めなければならないことを見過ごしたことは、誰の性でもなく自分の課題(問題)でした。

エリコの中で、人の価値感をジギルとハイド的に分けて対応することが、一般的日本の心、を忘れかけたことを思い出させてくれましたが、そんな失敗したときは、エリコはどうしたか、というと、ベアーズ監督の「あきらめるな」言葉に励まされながら奮起していました。

特に閉鎖的な社会と自分との折り合いとは、学生と社会人そして他国間であっても同じことが言えるでしょう。

折り合いをつけることが出来た上で、人間力を発揮すること。これは常命題です。忘れるころにやってくるこの思いを忘れないようにしたいとおもいます。><

作品は笑いが満載です。

新聞と漫画を読んだ後は、和田さんがERICOなのかな?とか想像したりしました。和田さんとエリコはいまどうしているでしょうか。あらためてみてみようと思います。2010/12/22追記修正 20110324追記修正 20170415修正

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3/23「私達の畑(会議)」は「福島復興は命の大切さへ」の議論継続が進化(発展)も実行力を伴って然り><


今造りたい農作物会議にご参加の皆様へ感謝したいと思います。

Sさんはズッキーニ経験者かと思えどきゅうりやじゃがいもは当たり前で後から話に参加くださったHさんからはその先にメロン迄と話が尽きませんでした。

そして富岡君のおじいちゃんの実績情報は今福島から逆疎開中なので直接聞けるチャンス必須で次回><(佐々木君のおばあちゃんは一駅先か鈴谷か中里から畑からの運営情報もあります)

ところでトマトが簡単じゃないと思っていたのですがこれは目的(WHYなぜ作るのか)の捉え違いでした。(捉え違った理由は次の通り。会長からトマトは簡単では無いと聞いたから。しかしよくよく考えてみると金次郎会長は農業をビジネスとして捉えるいわばプロの立場で私に話をしてくださった迄でした。)改めて目的を整理して経験値から実績を作りその先にというプロセスを踏んでゆくこととなりました。また、じゃがいもの苗は、肺まぶし、が良いようです。(要確認)

さて、昨日野菜の話も最後は地震と特に福島原発に住む家族を持つ3世帯の思いとその対処法へと移りました。

福島出身のお二方のうち御一人は単身で地元に家族親戚が住んでいて今週福島に戻ります。
T君のおじさんご夫婦は昨日朝地元に戻りました。ご夫妻は原発圏内の会社で働いていて子供は逆疎開先のさいたまに残しました。子供には地元に戻ってきてほしくないそうです。理由は被災そして放射能の影響は20-30年後だから、その子供と孫に影響は与えたくないからだ、そうです。この話はマザーテレサやナイチンゲールの精神を思い出させてくれ目頭が熱くなりました。

しかしながら一方で違和感(疑問)を感じました。なぜ自ら(親)は放射線を強く浴びるリスクは負って良いのかという思いからです。聞けば理由は生活費(養育中心)。しかし今戻って同じ量の仕事も保障されていません。 東京や埼玉に残って仕事を探す、そうしてほしい、と訴えている自分(私)にあとから気づきました。訴えた感情の根幹に先月父の過度な放射線治療があったかどうか潜在的意識の認知は定かでありません。もしそうだとしても理由は「今目の前にある命を最大に大切にするため」しいては子供や孫もそのために戻って被ばくした(するかもしれない)という不安(心の傷)を負わせない責任は親や影響力ある人の責任だとおもうからです。といったあとそれでもお二方は自分だったらいきますかと尋ねると行かざる得ないとおっしゃりました。更に理由を尋ねると思いのたけ(感情)がその土地に根付いているからだと。

朝食で母にその話をしたところ同じ思いを言っていました。私はここでも同じことを言いました。命の自由は個別だが責任は感情(思い)にいたる。だからこそ当事者が被ばくしない可能性を追求すること。これが現代の日本におけるマザーテレサの精神かと思うのです。母は小さくうなずかれました。

昨日は私たちも福島へ行くかと言う母を来週からの治療(手術)を終えた後のリハびりが先決とたしなめました。ほんとうに行動に移すので(苦笑)。気持ち(感情・思い)はわからなくありませんし実行力にたけています。一方で比較すれば実行力に劣ると言われても致し方ない。つまり上の世代(他)は我々より負(病気や来世に近い等の一般論でも)を背負っています。彼らが動く前に、動く、ただし計画して。このスピードを上げることが最大の課題だと感じる数日です。

昨日の議論の最後にT君が、「(この議論は)簡単ではない(が考えを重ねるべきこと)」と締めてくれました。(どっちがだれが先輩だかwww)

これからを背負う世代は、「見た目や年齢」だけでなく、「思いのたけ」、は議論しながら、いや、しなければ、持続的な成長や進化に出会うことはない、ことを感じさせてくれる3時間でした。

これからもよろしくお願いいたします。