15年ぶりの公園には、家の目の前から見れた花火はもちろん、水を体感できることも動物もなかった。
賞をいただいた写生大会で殆ど走り回っていたため身体に注入された緑黄素を遠く感じていた。
道の向こうに木の椅子とちょこんんと長細いテーブル代わり、そして小屋が見えた。
公園の面積に対して1%満たない小さな建物は、ブランコのある小さな家の夢「お馬は夕焼け小焼け(original) 作詞作曲:k.s.b」の現代版ではないか。傍の情景がピアノと歌が浮かび上がってきた。シンクロ以上の出会いに思たその場所は、詩人と後輩が立てたと言う平屋の建物でした。
わたしの家は移動を重ねながら数十キロの間で引越し属かのようにわたしも東京へ出る前と、変貌したらしい程度の知識だが、違うのはインターネット。
方法論のコピー族がコンピュータを真似するかのように無節操に情報を流通させる方法とともにうごくことはなさそうだが何もなさすぎる。
インターネットより歴史古く日本中でコピーされて運営された組織方法として生活に浸透して気遣いないが、自然や文化が少なくなる東京とは格段に遅かろうと考えています。
背景や記録以外に振り返らるほうほを知らないわたしは、開発、運営、そして事業の知恵を地域のイベントや活動をしてみようかどうかと頭をよぎっている。
今度もどってくる春に出来上がるだろうかベンチに座ってみよう。